シニアライフ徒然草

シニアライフ徒然草【閑話休題】

静岡県浜松市には、ホスピス(緩和ケア)で有名な聖隷福祉事業団があります、聖隷福祉事業団はキリスト系の社会福祉法人として、1930年に病室を設けた事がスタートとなり、奇しくも1939年に経営難に陥るが、その年の12月25日クリスマスの日に、昭和天皇から多額の下賜金を受け今日に至っている。


浜松にはホスピスの聖地が

大阪生まれ大阪育ちの筆者は、既に両親が他界しており、大阪には帰る家もないので、この正月は縁戚の浜松に身を寄せています。
浜松と言えば、社会福祉法人 聖隷福祉事業団の本拠地であり、愛知県のトヨタ自動車並みに、浜松ではトップブランドの組織です。
聖隷福祉事業団というと、大阪の宗教法人 在日本南プレスビテリアンミッション 淀川キリスト教病院と並び、ホスピス緩和ケア病院として1990年に日本初の緩和ケア病棟として認定を受けている。 ちなみに、聖隷という言葉の意味は、ヨハネ福音書13章にまつわり「聖なる神様の奴隷」という意味があり、基本理念はキリスト教精神に基づく、「隣人愛」だそうです。


西の淀川キリスト教病院、東の聖隷三方原病院

Wikipedia(ウィキペディア)によると、日本のホスピスの歴史は、1973年に日本で一番最初にホスピスケアを提供する病床が大阪の淀川キリスト教病院に設されました。その後、日本で一番初めに特別養護老人ホームを作った、長谷川保氏により創設された、聖隷福祉事業団聖隷三方原病院が1981年末期がん患者などの緩和ケア病棟が、ホスピスケアの初の独立病棟として設置されました。 故にホスピス(緩和ケア)については、「西の淀キリ」「東の聖隷」と今でも言われる所以ではないでしょうか。


まだまだ日本にはホスピスが足りない

昨今では、緩和ケアについては、認定看護師などの資格などもあり、末期がん患者に対するターミナルケアなども、一般的には認知されてきたようにも感じますが、まだまだ緩和ケア病棟は少なく、ホスピスに移りたくても、空きが無いと言われることも多いと聞きます。 末期がんなどの方に、積極的な治療を行わず、痛みを緩和し穏やかな気持ちで家族に見守られながら最後を迎えて頂く、私個人としては究極のホスピタリティだと思ってます。

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誤解を恐れずに言うならば、自らの死を受けいれ、そしてそれを周囲がサポートし、本当に穏やかに、最後の瞬間を迎えるための準備をする。
私の父親もホスピスに移そうとした経験があります、父親の場合はホスピスに移る前に、亡くなってしまったのですが、ガンが全身に転移し、痛みに苛まれている姿は、あまりにも苦しそうで家族もとても辛い気持ちになります。
その痛みを緩和し、そして気持ちも穏やかになれるようなケアをして頂く、本人は自らの死を受けいれる心の葛藤はとても辛いと思いますが、家族も同じように切なくて辛い気持ちに苛まれます。 本人・家族が少しでも救われる、そんなホスピスケアが、これからも辛い環境に置かれている人たちに、ほんの少しでも安らげる場所になれ良いと思いますし、今以上にホスピス、緩和ケアに対して理解のある施設が増える事を願っています。


2016年も宜しくお願いいたします!

奇しくも1月は私の父が末期がんで最後を迎えた月でもあり、毎年大晦日の夜から、元旦にかけての一夜は、父の老人ホーム泊まって、一緒に迎えた最後のお正月を思い出します。 新年を迎えるにあたって、父が私に今年も気を引き締めろと言っているような気にさせてくれます。 老人ホーム大晦日に一緒に食べた、インスタント蕎麦の年越し蕎麦、元旦に車いすを押しながら散歩した風景、父のベッドサイドで交わした何気ない会話、記憶に残るほど特徴的な時間を過ごしていませんが、どれも大切な思い出として残っています。 そんな事を考えさせてくれる毎年のお正月、皆さんはどんなお正月をお過ごしでしょうか。 本年も一年間宜しくお願い致します。

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記事 関東有料老人ホーム紹介センター 田中

田中 宏信
「関東有料老人ホーム紹介ンター」を運営する(株)エイジプラス東京支社 支社長。自身の両親の介護経験を活かし、同じように在宅介護でお悩みをお持ちのご相談者向けに、老人ホーム選びのアドバイスやセミナーなども行っています。
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